暖かく心にジンときた「ありがとう」という言葉
ある休日のこと。
乾麺がマイブームになっている私は、あるスーパーの乾麺コーナーに居座っていた。
乾麺といってもいろいろな種類がある。
饂飩、蕎麦、拉麺、素麺、パスタ…
さらにはメーカー毎の当たりハズレの振り幅が大きい。スーパー毎でも取り扱いメーカーが違うので、自分の納得のいく乾麺になかなか出会えないのだ。
ときに蕎麦の乾麺は、なかなか納得いくタイプには出会えない。
この日に立ち寄ったスーパーは、蕎麦の乾麺メーカーのバリエーションが豊富だった。そのせいもあり、吟味を重ねていくうちに乾麺コーナーを占拠した形になってしまった。
そんなもの、片っ端からから買い上げてしまった方がいいのではないかと思う方もいるだろう。しかし、それでは万が一ハズれだった場合、一緒に買い上げたものたちまでハズれなのではないか…そんな疑心暗鬼になってしまい、せっかく買い上げてもお蔵入りしてしまう。
そんな過去の苦い経験のもと、吟味が必要ということを学んだ。
とはいえ、あまりにも長い時間いたせいで、吟味に飽きてしまい、もうどうでもいいかと投げやりな気持ちが湧いてきたとき、上品な、それでいて何故か気になる声が耳に飛び込んできた。
「今日はお蕎麦でも食べましょうかね。おつゆを買いましょう。」
横目に映ったのは、上品な雰囲気を纏った老夫婦。
この時季の蕎麦といえば、きっと今晩の献立は温蕎麦だろうなと、なんだかマヌケな想像をした自分がちょっと可笑しかった。
「あらやだ、届かないわ。おじいさん、届きますか?」
何故だか...その言葉で思わず振り返ってしまった。
着物を着た老紳士が懸命に手を伸ばして「そばつゆ」を取ろうとするが、どう見ても届きそうもない。
その瞬間、身体が勝手に動いていた。
「これでいいですか?」
「はい、はい。それが欲しかったの。」
そばつゆを老婦人に手渡した。
「ご丁寧にどうもありがとう。」
そう言われて、ちょっと気恥ずかしかったが、「いえいえ」と軽く会釈し、また乾麺の吟味に戻った。
背中越しに声が聞こえる。
「よかったわね〜。これで今晩は美味しいお蕎麦が食べられますよ。」
老紳士は終始無言だったが、嬉しそうな雰囲気に包まれているのがわかった。
ひと呼吸おいて、老夫婦の後ろ姿を見てみると、なんともほんわかする、そこだけが春のような穏やかな空気が漂っているようだった。
私は、良いことしたなぁと思うより、良い姿を見せてもらったなぁと、暖かい空気に触れさせてもらったことがこの上なく嬉しかった。
申し訳ない、とか
すみません、とか
そういった混じりっ気がなかった「ありがとう」という言葉。
数週間経った今でも、思い出すと気持ちが暖かくなる。
ああいう大人になりたいものだ。
穏やかさは、人の心を暖める効果もあるのだと身を持って体験し、その休日の充実感は極上のものだった。