惚れ込む姿勢が伝播のもと。
こんにちは〜。
シモサワです。
思うんですけど...嫌々やっていることって、長続きしないものなんですよね。
嫌々ながらっていうのは自分の中で納得していないから。
納得できないものはいずれできなくなります。
逆になんとなくでも続けていることには、自分は納得しているし、さらには自分が好きだって思う要素があるハズだから続けていけるものなんですよね。
これが商売にこととなると、こういう気持ちをさらけ出せなくなってしまうんです。特に「商売は好き嫌いでやるものではない」みたいな教育を受けてきた人たちはそうですよね。
でもですね...
よくよ〜く考えてみると、好き嫌いって商売していくのにとっても大事なんです。
自分がやっていることなのに好きって思っていなければ、その商売の良さって引き出せないでしょ?
その商売に携わっている人の気持ちが入っていないものは、他の人の気持ちにも響かないんですよね〜。
【自分の商売に惚れていますか?】
— 下澤美香《デジタル集客応援マネージャー》 (@itan6053) 2016, 2月 2
自分の商売で扱っている商品に惚れ込んでますか?
自分のお店に惚れ込んでますか?
自分が惚れていないモノを他人に紹介するってかなり難しい。自分の商売を他人に伝えたいのならまずは自分の商売に惚れ込むこと。
私は人に惚れやすいタイプで...
男性でも女性でもすぐに惚れます。
今まで働いてきたお店はそこのボスに惚れてしまうから、そこで働かせてもらうといったパターン。
そして、そのお店の作りにも惚れるし、そこに集うお客さんに惚れていく。
その場に惚れ込んでしまいます。そして自然と楽しくなっていく。
だけど、人に惚れるって結構難しいんですよね〜。
でも、これは一生やめられないことなんだろうな。
いまさらながら自覚できるようになりました。
惚れ込む姿勢に人は惹かれる
自分の商売にとことん惚れ込んでいる人の姿勢って、とっても魅力的。
理屈じゃなくて、にじみ出ちゃってますもん。
惚れ込むというのは「気が入っている」っていうことで、いつも意識が向いている状態のこと。
「気」は「気」を呼び、応えがくるからまた返そうとする。
どんなに一生懸命作りこんだものでも、そこに人の「気」が集まらないのは、「人を思う気持ち」が入っていないから。自分の気持ちだけ入れているからなんだよね。取り組んだ姿勢の先に「言ってる本人しか見えないようなもの」は人の「気」を集めることができない。このニュアンス、伝わるかなぁ...。
— 下澤美香《デジタル集客応援マネージャー》 (@itan6053) 2016, 2月 3
人を呼ぶには「気」を入れないといけないんです。
「気」っていうのは「気持ち」
気持ちは「人の気」に対してにしか表せないもの。
だから、モノに惚れ込んでいるようでも、よくよ〜く考えてみれば「人に対して」惚れ込んでいるってことなんです。
いくらモノがあっても、それを使う人がいないとその存在価値ってなくなってしまいますよね。
使う人のことをひたすら考える。
その姿勢が惚れ込むってことなんじゃないのかな。
そして、その考えたことをどんどん表現していかないとね。
考えているだけでは人に伝わりませんから。
口コミとか紹介っていうのは、そういう姿勢を知ったり、感じ取ったりするから起こるもの。
そして、デジタル化になったことでそのスピードは今まで以上に早くなっている。
スピードが早い分、いろんなことをちゃんと深く考えていかないとね。
そして、人の気をもっと感じるってことが大切なんだと思うのです。
機械の使い方を覚える前に大事なのはそういうこと。
小雪が舞うちょっと寒い日。
美味しいコーヒーを飲みながら...そんなことを考えています。
それでは、また〜。