自分の過去を整理してみて気づいたのは、やっぱり「人とのつながり方が早くなってきた」ということ。
こんにちは。
シモサワです〜。
現在の私に至るまで、いろ〜んなことがありました。
そりゃ〜、43年間も生きていれば、いろいろとあるのは当然のことですよね。
「私って、どうしてこういう考え方をするんだろう...?」
「どうして、こういう物の見方をするのかなぁ〜?」
「な〜んで、同じようなパターンで失敗するかなぁ...?」
こういったことが起こるたびに、自分のルーツを振り返るようにしています。
といっても、大したルーツなんてないんですけどねー。
未満児の頃はビールがオモチャでしたし、住んでいた親戚の家に人が集まると、押入れから一升瓶を出してくるようなお子ちゃまだったと聞いています(笑)
当時の親戚の家は山深ーい地域で、通っていた小学校は1学年10人ほどの小さな小さな小学校でした。
先生の数のほうが多い...(笑)
中学になると、いろんな人との絡みが出てきて、多感なお年ごろになります。
まー、それでも勉強が大好きでしたねー。
私の最初の人生の転機は高校時代。
何かと刺激的な毎日を送っていて...粗相の度が過ぎてしまって、先生から「就職先を決めて学校に報告に来い!」と言われてしまってねー。
言われたことは素直に聞く方なので(?)
水商売に就職先を決めました。
この頃はバブル臭たっぷりの頃。
カラダ一つあれば、しっかり稼げる時代だったんですよねー。
飲めば飲むほどお客さんは喜ぶし、給料も上がるし、カラダさえ丈夫で、休みさえしなければよかったんです。
お客さんに来てもらうことに対して深く考えることもなかったけど、お客さんと仲良くすることが楽しかったし、お客さんと一緒にいるということが、私の商売の全てでした。
でも、雇われた立場では自由が効かない。
もっとお客さんと過ごす場所に対して自分自身で責任を持ちたかったし、もっと自由にお客さんと楽しみたい。
そんな単純な理由で、自分のお店を出したのが31歳でした。
店を出すにあたり、貯金無し、担保無し、保証人無しの状態だったんですよね。
でも、そこで力を貸してくれたのは、お客さんたちだったんです。
保証人になってくれたお客さん、足りない資金を身銭切ってくれたお客さん、店が波にのるようにと連日お客さんを紹介してくれるお客さん、揉め事が起こらないように手配してくれたお客さん。
私ね、ここまで来るのに一人の力じゃ到底無理だったなーって思ってます。
店を廃業したあとのこともそう。
だから、私は人とのお付き合いを大事にしていきたいんです。
昔は人と人のつながりはリアルでしか実感できなかったんですけど、今ではSNSというものを使うことで、人とのつながり方の幅が広がってきています。
昔はせまーい池の中でしか動けなかったのが、ひろーい海に出て気持ちが近い人と繋がることができます。
昔は狭い池の中だったけど、気持ちが遠い人も多かった。
今は広い海だけど、気持ちが近い人とだけ繋がることができる。
気持ちの距離感の掴み方が早いから、いろんな行動も早くなっていってるんだな〜。
そう思います。
ただ漠然と人と繋がるのではなく、意思の疎通をもってつながっていく。
人とのつながり方が変わってきた今の時代、そういうことが大事だなって思います。
とりとめのない話になってしまいましたけど、今日考えていたのはそんなことです。
それでは、また。